自分にもっと良い仕事をしよう

仕事とは価値を生む行為の全てである。というテーマを追求するブログです。

未熟である自分に、プライドを持とう

 
誰かに、自分の未熟さを見せるのは
結構、勇気が要る事。
 
だけど、


何故、勇気が必要なんだろう?



当たり前の事かもしれないけど、
改めて考えると、不思議じゃない?

で、俺の場合だけど、

 


未熟な状態が、自分にとって
許せない事であり

ましてや、それを誰かに知られる
なんて、ありえない!!
 



って想ってた。

これ、俺にとっては凄く深い問題で、
単純に勇気とかを持てば、なんとかなる!



って事は今まで、一度も無かったのよ…(>_<)
つまり、自分の未熟さを認めるのに
 
 
 
 
 
◆ 必要なのは、勇気じゃなかった。
 
 
 
 
 
勇気って、

自分を鼓舞して、自分を先に歩かせる
万能の力ってイメージがあるけど、
そんな事は無いんだよね。(*´°`*)

  

じゃあ、何が必要なのかって?
それは

 
 

 
◆ 未熟である事に、プライドを持つ事。


  
 

つまり、未熟である自分を認めながら、
そこから抜け出して行く、自分の背中を
押してあげるという矛盾を

 
 
 
 
◆ 心から認める事。 
 
 
 
 
 

これが必要なんだよ。
 
この矛盾を受け容れる心が、
未熟な自分を突き動かす力になる。
 
こうなれば、マジで無敵(笑)
だって、動く理由が自分の中にあるからね。
 
 

自分の未熟さは、全て自分の責任。

だからこそ、その未熟な自分にプライドを
持つ事が、
 
 
  
 
 
全てを変えていく、キッカケになる。
 
 
 
 
 
それが、前田の曲げられない、信念なのです。

\\٩( 'ω' )و ////
 

【恥から逃げる事が、一番の恥】

 
 
子供の頃から、恥をかく事に対して異様な
恐怖感を持っているのは、俺だけじゃないと想う。

ホントになんなの、ソレ??

って言いたくなるくらい、怖がっていた。
というか、逃げ回っていた。

やがて、歳をとり大人になって考える力が付くと、
  
 
 


◆ そもそも、恥って何よ? 
 
 
 
 

そう考えられる様になり、その恐怖感の正体に近付く勇気が出た。


近付いて見ると、
恥をかくって事は、
 

人前で間違った言動をしたり、

失敗したり、

誰かに、あげ足を取られたり、

人から笑われたり、

周りと意見が違ったりする事。
 
 
なんだけど、
 
 
それって、大切な部分を見落とす過ちをしてい
た事が分かった。それは、
 
 
 
 
 
◆ 恥をかく事が、自分を成長させる大きな
糧になる部分。
 
 
 
 
 
って言うか、それが大半。(笑)


つまり、
恥をかく=自分を成長させる大きな要因。
って事。

それじゃあ、
 


恥かいて良いじゃん(笑)

何の問題もないじゃん(笑)
 
 

あの、恥から逃げ回っていた子供時代は何だったんだ?
 
  
もしかして、俺メッチャ損してた??
 
…。


 
おいっ!!
ふざけんなっ!!!
 
(╬`⊙д๏) ハァ?

  

つまり、子供の頃に感じてた恐怖感というのは


 
 
 
◆ 何の根拠も謂れも全くない、唯の言い掛かり。
 
 
 
  
 
なんだよね。

でも、ホントに恐ろしい言い掛かりだわ(笑)
マヂで勘弁して下さいよ。大人の皆さん。

(๑°艸°๑)


だって、この恥をかく事の恐怖感で、どれだけ

 
 
 
 
◆ 俺の子供時代の恥をかくという成長の場を奪って来たのか、理解出来る??
 
 
 
 
 
そう、言いたいのです。

ホントね、
 
 

恥をかくな。
 
 
 

って台詞は、絶対子供には言ってはダメなんですよ。

むしろ、
 
 
 

恥から逃げる事が、
一番の恥だって事を教える!
 
 
 

そう、真っ直ぐ目を見ながら伝えるのが、
大人の漢が、するべき事なのです。
 

(⊃´▿` )⊃

自分を知り、他者を知る



正しい事をしなさい。
 



そう、親や学校の先生から教わって来たけど
今のご時世からすると、それが如何に難しい
のか、この歳になって漸く分かってきた。
 

それは、

これだけの数の人が居て、

これだけ情報に溢れている世界で、

これだけ、利害関係が複雑になっている社会で、

  
 
 

◆ 何が正しいのか、誰にも分からなくなって来ている。
 
 
 

 
そういうリアルを目の前にして
何が正しくて、何が正しく無いのか?

自分には分からない。


そもそも、正しさって奴は客観的な判断基準では無く、
その人の主観が入っているから、単純に信じたり、
鵜呑みにするのは危険な行為になる。 
 
 
それじゃあ、

俺らは、何を信じれば良いのか?


その答えの前に、少し持論を
言わせて欲しい。
 
 

前田的に、何かを信じる
という行為は、自分の
 

家族だったり、

仲間だったり、

財産だったり、

思想だったり、

夢や理想や希望を
 
  
 
  

◆ 守る事である。

 
 
  
と、想っている。

だから、みんなが必死になって信じたい事を
主張するから、正しい事だらけになって
世の中を埋め尽くしている。

でも、それは別に悪い事じゃない。

それって、結局は1人1人が自分の守るべきモノを
ちゃんと理解して、主張出来る様になった結果だから。


つまりは、一人一人が何を守りたいのか?
を明確にする事が大事って事。

  

でも、実際にはそれだけじゃあ
他の人のモノと

いがみ合ったり、

喧嘩したり、

仲違いしてしまうから、

 
 

お互いに守りたいモノがある事を理解して、
お互いの信じるモノが何かを、ちゃんと伝える。 
 
 


幾ら正義の味方同士でも、相手の事を
良く知らないと、協力も同盟も結べないでしょ?

だから、

 
 
 
 
◆ 自分を知り、そして他者を知る事。
 
  
 
 
 
で、世界がもっと素晴らしくなる。
そう、前田は信じているのです。


(・∀・)人(・∀・)

 

結局は、自分で自分を満たしたいだけ


"自分には何も無い"

"何か特技がある訳でも無い"

"特別にヤル気がある訳でも無い"
 
"そこまで、凄い経験も体験もした事が無い"

"自分の知識やスキルなんて、ありふれている"
 
 

 
そういう、意識ベースで今まで生きてきた
所為なのか、今自分の人生を振り返ってみると
勿体無い事だらけだったなぁと思う。 
 
 
常に自分を平均化して、何処を触っても
引っ掛からない人間になる事を、

「大人になる事」

だと勘違いして自分の本音や思考を、
少しずつ締め出して
 
  
 
 
 
◆ 何も無い自分を、自ら創り上げて社会に適合させた。
 
 
 
 
 
俺は絶対ロボットには成れない。
というか、成りたくない。

でも、

実際は自分の中身を、ロボットの様に
扱っていて、ホントは
 

割り切ったり

諦めたり

意見を言わなかったり


しちゃいけいない事を
何度もやって来た。それは、


周囲との調和を保つ為とか

相手への思い遣りとか

優しさとか

大人の対応とか


御大層な理由を掲げて、自分の対応を
正当化したかったから。
 
 
結局それは、その時に自分が良い顔を
したいだけで、その結果は何の意味も
価値も解決にもならなかった。 
 
 
 
 
 
◆ このままじゃあ、イカンな。
 
 
 
 
 
それに気付いたのが、数年前。

それから、セミナーに行ったり、本読んだり
結構自己投資をしたけど、

人の顔色を伺って生き、人に同調するしか
能のない自分が、ここ一番で足を引っ張った。
 
 

分かっていても、行動が伴わない。

 
 
それがストレスになり、ヤル気が
失せていた時期も何度もあった。

でも、それでも、
 
 
 
 
 
◆ 自分で自分を満たしたい欲求。
  
 
 
 
 
それだけが、自分の中に変わらず残っていた。

それ以外は、ストレスとゴチャゴチャに
なった思考しか残ってなくて、まずは頭の中を
片付けてスッキリする為に、一人会議を
週3回のペースで2年間やった。

 
 
結果、ストレスと頭のゴチャゴチャは消えて頭の中に
大きなスペースが出来て、ぽっかりと空いた部分が、
自分の足りていない部分みたいで、とても嫌だった。
 
だから、


 
 
 
 
◆ このスペースを何かで満たしたい。
 
 
 
 
 

そういう、欲求が湧いてきた。
でも、欲求が湧いたのは良い事だけど、
 

何をやれば満たされるのか?

何がそこにマッチするのか?
 
何を心から求めているのか?

 
その問いの答えを色々考えて来た結果、
 
 
 
 
 
人の血が通った、ビジネスがしたい。
 
 
 
 
 
そこに辿り着いた。

そして今、

そうした起業塾に参加している自分の判断は、
決して間違いでは無いと自信があるし、

今までの自分の行動には、全て価値が
あったんだと正々堂々と言える事が
 
 
 
 
 
◆ 自分の成長や飛躍の根っこになっている。
 
 
 
 
 
という自覚が、本当に誇らしいのです。

( ´ ▽ ` )ノ



人付き合いより、自分付き合いが大事

 
 
 
これ。
 
本当に最近、分かって無い人が
多いなぁって感じるんだけど、
 
 
 
◆ 人に良く見られたいが為に、自分を犠牲にしてる人。
 
 

それを、意識してやってるのか無意識なのかは
分からんけど、見ているこっちが非常に切なくなる。
 
本当に、何なのアレ?
って言いたくなる位、
 

言葉と態度が一致してなくて
筋が通らない話し方をする。

 
もうやめて〜!
誰か、救急車呼んで!早く!早く!!
  

((((;゚Д゚)))))))


って言いたくなる位、緊急事態。
そんな状態じゃあ、出来る事も出来なくなる。
 
それって、結局は自分の本音から目を逸らして
 
 
 
◆ 自分と付き合う事を放棄した結果。 
 
 
 
なんだよね。

人付き合いをする為に、自分付き合いを放棄したんだよね。
 
その、生来から持ち合わせている真面目さが災いして
自分より他者を、優先しようとしてるんだよね。
 
 
だったら、そんな真面目さは…。 
 
 
 
◆ さっさと棄てた方が良い。
 
 
 
災いしか呼ばんでしょ。それ。
自分だけじゃなくて、周りも不幸にするでしょ。
 

どんな物事もそうだけど、

内側から外側へ広がる事で、その力は大きくなる。

でも逆に、外側から内側に向かうと、その力を
失ってしまう。
 

それはダメだ。

何があっても、避けなくちゃいけない事だ。
 
全ての根底を揺るがしかね無い、危険な行為だ。
 
 
だから、棄てる。
 

そうすれば、自分が見えてきて
他者との違いや、ギャップを理解する事に繋がる。

つまり、

 
 
◆ 自己理解が出来ないと、他者理解は出来ない。
 
 

インサイド アウト。
これ、人付き合いだけじゃ無くて
全部の基本だがら、憶えといてね(笑)
 
 
ではでは!!


 

お金で一番悩んだ事


お金で悩まない人なんて、まあ居ないです。

前田も、色々悩んできて人並みに

  
 
1、お金が無い。
2、有ると無駄遣いしてしまう。
3、お金持ち=悪い人と考える癖
 
 
 
そんな経験をして来たけど、
 
 
 
 
 
◆ それらは、一番の悩みでは無かった。
 
 
 
 
 
んですよ。
これ、本当にね。

自分の価値観を、深く掘り下げてみて
見えてきた部分で、
 
 
  

 
◆ お金の頂き方。
 
 
  

 
これが一番の悩みでした。
別の言い方をすれば、お金の稼ぎ方。

それは、
 
 
 
 
 

◆ 会社に、自分の時間を切り売りして頂くお金に、お前は本当に価値を感じるの?
 
 
 
 
 
会社の給料の支払い方法に
問題があるとかじゃなくて、

その給料が、少ないとかでもなくて、
 
仕事が、好きとか嫌いとかでもなくて、

誰かと比較して、競い合うとかでも無く。
 
 
 
 
 
◆ そのお金に、お前自身が重さを感じられる?
 
 
 
 
 
そう、自分に問い掛けてました。
 
 

で、結局

そこに重さを感じるの事が出来ない、
アンチサラリーな人間だって事が
ここ最近で、良〜く分かった(笑)
 
 
本当は、こういう頂き方は性に合わない。
 
 
もっと、こう
 
 
 
 
 
◆ 人から、思いっきり感謝されながらお金を頂きたい。
 
 
 
 
 
ってね。
それが、例え1円でもその重さは、

自分の時間を、切り売りして頂く給料よりも
 
 
 
 
 
◆ 遥かに重い。
 
 
 
 
と言うか、そうあるべきだと
ハッキリ言いたい。

でも、それじゃあ生活出来ないから
理想を追う事を止めて、現実に甘んじている。
 
 
 
正に不条理ってヤツ。

正直、それを許容できない今の社会も
実際、まだ何も出来ていない自分にも
 
 
 
 
 
◆ 結構な勢いで、ムカついている。
 
 
 
 
 
それが、今の自分。
素の自分って言った方が、正しいかな。
 
 

だから今、

こういう不条理を、1つでも多く乗越えて
 
 
それが、
 
 
誰かの道標になればと、強く願うのです。
 
 
 
 
 
〜今回はここまで。
それでは、次回も宜しくお願いしま〜す。

(*´°`*)
 
 


人は何故、お金に困るのか?


こんばんわ。
 
自分が産まれてから、生きてきた数十年間に
どれだけ、自分の価値観が変わったのか?
 
それ、数えた事ありますか?(笑)
 
 
 
無いですよねw。

勿論、前田もありませんwww。

 
 
じゃあ、聞くなよっ!! 

ってツッコミが、空き缶と共に
飛んで来そうですがw、大事なのは回数ではなく
 
  
 

 
◆ その価値観の変化は、自分の望む事だったのか?
  
 

 
 
自分が納得している変化なら、正解。
それ以外が不正解。って所です。

極端ですけど、そういう切り分けでみると
如何に自分の価値観があやふやなのか

目に見えてくるのが分かる。
  

 
例えば、価値観の代表。

お金。
 
もう、本当に人それぞれ。
良いとか悪いとか関係無くてね。 

 

でもね、
  

 
  
 
◆ その価値観に心から、納得しているかどうかは共通問題。
 
 
 
 
 
だって、よーく自分に聴いてみて。

そのお金に対する価値観は、

1、今の社会情勢
2、会社の業績や職種
3、周囲の人との比較
4、生活レベルや環境
5、両親からの影響
 
などなど。
全部、後付けの理由であって
自分が納得すると言うより、
 
 
 
 
 
◆ 周囲からの無言の圧力に根負けして仕方なく取り入れた価値観。
 
 
 
 
 
じゃないっすか?

別に、それが良いとか悪いとか関係無くて、
そもそも、
 
 
 
 
◆ 押し付けられた価値観で、お前幸せになれんの?
 
 
 
 
 
って心底、想うのです。
実際、前田もそういう価値観に囚われていた時期
があり、非常に苦しんだ事があります。

何故、苦しんだのかと言うと、 
 


自分の中でお金とは何か?

どう、向き合うべきなのか?

どう、扱うのが良いのか?

どう、稼ぐのが良いのか?
 
 
 
と言う、
 
 
 
本質を突く問いを繰り返す
もう一人の自分のお陰です。

結果的に、どれもこれも
仕方なく取り入れた価値観では
説明する事が出来ず

 
 
 
 
◆ 自分に対して、常に負い目を感じていた。
  
 
 
 
 
経験があります。
多分もう一人の自分は、
 
 

このお金の価値観では、絶対幸せになれない事が
分かっていたから常に問い掛けて、自分が心から
納得する価値観にシフトする事を、 
 
 
 
 
 
◆ 強く求めていた。
 
 
 
 

だからこそ、自分を今苦しめる結果になっても
将来幸せになる事を選ぶ様、教えてくれた。
 
 

そう強く感じる出来事であり、そして
価値観を、押し付けられたモノでは無く
自分が心から納得する価値観。

つまり、
 
 
 
 
 
◆ 自分の言葉で、定義した価値観である事。 
 
 
 
 

が大事だと想います。
因みに前田は、お金の額とかには上限が無く、唯
 
  

自分の提供するモノに、価値を感じて貰い
人から感謝をされながら、お金を戴きたい。 
 
 
 
という基本価値観をベースにして、将来幸せに
なる道を、今歩いて向かっているのです。

 
  
 
 

今回はここまで。
それでは、次回も宜しくお願いしま〜す。

(*´°`*)